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春の京は、煙るような霞に埋もれる。
春は山から降りてくる。
甘いくすんだ香りに包まれて、徐々に桜に覆われていく京。鎌倉よりも少しお上品で、それは元にいたところも今いるところも同じに感じた。
秋の嵯峨野も美しい。忙しない時の流れの中で、紅葉だけは毎年変わらず赤く染まり、散っていく。それは少しの感慨を持って訪れるが、やがて厳しい冬の寒さに覆われる。
暮らすには、京がいい。鎌倉は近すぎて、とても遠いから。
切れ長の少し垂れた瞳は、大抵不安げに揺れている。顔はすっきりとしていて、いつも甘く笑う。そよ風のような軽い仕草で、いつも人に触れようとしては細く骨ばった指を伸
ばしきれずにいる。そのくせ腹を出した挑発的な格好をしているのは何故なのか。
淡い夏の風が吹くたびに、風邪を引くのではないかといつも思う。
彼は、少し遠慮がちな甘えを滲ませて『将臣くん』と名前を呼ぶ。6歳も年上なのに、とても不安定だ。そんな彼を将臣は放っておくことができなかった。
もしかしたら、景時も将臣を放っておくことができなかったのかも知れない。
少しつりあがった目端と強い眼差しは、大抵揺らぐことがない。黒く見開いた瞳と漆黒の無造作に伸ばされた髪で、豪快に笑う。時折胸を抑えているのに、何を抱えこんでいる
かさえ吐き出そうとしない。そのくせ感情の起伏だけがひどく激しくて、燃え尽きるまで
止まることを知らない炎のようだった。
雪がはらはらと散り落ちるたびに、彼もそのまま消えてしまうのではないかと思う。
彼は、よく満面の笑みを浮かべて人の名を呼ぶ。とても6歳も年下には思えない。そんな安定した彼を、何故か放っておくことができなかった。
ただ、彼らが良く似ていたのは、孤独。底知れない闇。
「将臣くん・・・?」
篭手を外しかけたまま、外の松明の揺らめきに目を奪われていた将臣に、景時が心配げに声をかけた。既に湯浴みを済ませた彼は、きちんと小袖を身に纏い、夜具を羽織って杯
を傾けている。ほんのりと赤い頬に、ただ奇妙に手袋と首飾りだけは外れていなかった。
「ああ、いや・・・」
珍しく言葉を濁した将臣は、篭手を外し、そっと冷たい床に置く。それから無造作に床に横たわると、頭を景時の膝の上に乗せた。ずっしりとした重みが硬く平たい膝にかかる。
「・・・困るんだけど」
景時の、手袋に包まれた細く長い指が将臣の髪を優しく撫で擦る。将臣の髪は案外長い。景時がぼんやりとその黒い髪を弄んでいると、将臣が景時の前髪に手を伸ばした。湯浴み
をしてきた景時の髪はしっとりと濡れて、垂れ下がっている。額が隠れて随分若返った彼の柔らかい髪をくい、と強く引っ張る。景時が不安げな顔をする前に、
「お前の髪も結構長いよな」
そう言うと、
「そうかな。将臣くんの方が長いよ」
そう言って小首を傾げた。だから、彼をそのまま引き寄せて、唇を合わせた。一瞬、景時は息を呑んだが、すぐに穏やかに舌で応えた。
外で何か虫が鳴いている。夜はひどく闇が濃く、星の瞬きはより一層美しかった。
「・・・なあ。お前って猫舌?」
しっとりと濡れた突起を、赤く厚い舌でぺろりと舐めてから将臣は唐突に尋ねた。
「うーん・・・どうだろう・・・。そんなに得意じゃないかな、うん」
潤んだ瞳で、ぼんやりと景時が答えると、ふうん、ともう興味を失ったかのように将臣が呟いて、景時の首筋に軽く噛み付いた。日焼けしていない部分は、とても白い景時の肌。
「なんでそんなこと?」
くすぐったくて首を竦め、お返しにと情欲で少し赤く熟れた将臣の耳朶を軽く食むと、
「猫っぽいから」
一言だけ呟いて、大きな手が片手で薄い肉のついていない景時の尻を掴む。景時の身体がびくりと竦んだのを感じて、将臣は『大丈夫だ』と優しくまた口付けを交わした。
熱くしっとりとした潤いを充分に堪能してから、将臣は景時の腕を取り、自分の首に回すよう促す。大人しく従いながら、
「・・・将臣くんって案外子供っぽいよね」
景時がそう艶やかに微笑むので、少し拗ねたように将臣が笑った。
「・・・子供だからな」
景時がとても幸せそうに笑ったので、将臣もようやく夜の眠りにつけそうだった。
将臣の少し斜に構えた目が、景時は好きだ。だけど、景時は知らない。景時の、どこか遠くを見るような、冷めた目を将臣が知っていることを。
逢瀬の時間はとても短く、風はまだ冷たいけれども。
また、いつか会えるといい、そう思い、彼らは互いの仲間を殺しあう。
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