白い小さな花が咲いている。どこにでもありそうな木に、可憐などうってことない花が。


 微かに悲鳴のような声が漏れて、しがみついている手が背中に跡を残す。
体は訳がわからない程勢い任せに上り詰めていき、頭の中は空白になった。一瞬、びくりと身体が跳ねてすぐに。
 腰はおろか体の芯から力が抜け、腹の上が二人分の白く混濁したもので塗れた。

 熱を帯びた体を、まだ冷たい夜風が攫っていく。
 衾を直してやりながら、ゆっくりと何度も景時の頭を撫でた。

 彼はすっかり疲労困憊してまどろみに沈んでいる。
汗塗れで濡れた髪を少し強く引っ張っても、僅かに眉を顰めるだけで、目を覚まそうとはしない。
 彼は、確か陰陽道も修めたことがあると言っていたが、恐らく武士なのだろうと思う。
しかも決して低い身分ではあるまい。
 誰に仕えているのか、といえば今は望美だと答えるだろうが、それ以上は知りたくはなかった。もしかしたら平家かもしれないし、源氏かもしれない。

 確かなのは自分を『将臣くん』と呼ぶこと。
それ以上は必要ではなかったし、知りたいとも思わなかった。


 二人で逢う時間はとても短い。自分が『有川将臣』であり『八葉』である時間の更に限られた瞬間に過ぎない。
その時間の大半を、俺達は肌を重ねることで過ごす。
 それが一番互いを感じられるとでも言うように。少しでも、深いところまで繋がることができるように。

「また洗濯してんのか」
洗濯籠を持って、気持ちよさそうに鼻歌を歌う景時に、俺は軽く微笑んだ。
「み、みんなには内緒にしておいてね」
また『何しているの』って怒られちゃうよ、と慌てて照れたように笑む。
「内緒にしてたら、なんかいいことあるのか?」
 意地悪くそう言って、景時の陣羽織の隙間に手を潜り込ませて尻を撫でると、まるで初夜のように彼は頬を紅く染めた。
もう何度も激しい情欲を見せつけあっているというのに。
「・・・」
 幸福そうに笑う彼が何か言う前に、遠くで九郎が俺達を呼んだ。


 『還内府』でいることが苦痛なわけでは決して、ない。
 自分で選んだ道だ。後悔はしていないし、家族を得たような安らぎさえもある。
自分は必要とされており、何より彼らを護ることができるということはひどく嬉しかった。
 だが。
 その一方で、半ば諦めたはずの『有川将臣』が疼きだす。
それは抗いがたい欲情に似たむず痒さで、俺を苛む。


 自分は何も知らないまま、毒を飲み込んでしまった魚なんだろうか。麻酔から気付いたあとは苦しんで死ぬのを待つだけの。
 俺が欲しいのは、両方。


 いつの間にか油断していたのか。或いはまだ『有川将臣』でいたのか。
「『兄上』が後ろを取られるとはな。」
思わず自分の口から舌打ちが漏れる。
邸に戻り、床に座り込んで何とか平家が逃れる術を考えていた、その時だった。
気が付けば、後ろから『弟』が首に腕を巻きつけていた。
よくしなる鞭のようなその腕に指を食い込ませ、首との間に何とか隙間をつくる。

そうしなければ、この飢えた『弟』は本当に首を締めるから。彼もまた、飢えている。自分と同じように。

「・・・たまには、傷口を抉る真似を止めたらどうだ」
自分でも驚くほど冷たい声が、空虚な灯りの向こうに響いた。
知盛は興ざめしたように眇めた目で、不気味な程あっさりと腕を離す。
「お前でも不機嫌になるのか」
代わりに、とでもいうのかかわらけを差し出す彼に、俺は少し笑った。

「お前に気をつかわれちゃ、俺もおしまいだな」
なみなみと注がれた酒を一息で飲み干すと、知盛は微かに唇の先を持ち上げる。
「終わってみるか『還内府』。・・・お前は果たして反魂に応えるかな」
「さあな。試してみるか?」
獣のような瞳が見つめる。そして、互いの喉の奥から、低い密やかな笑いが漏れた。


薄闇の中酌み交わす、生ぬるい濁酒はひどく気持ち良かった。

 
 何もかも求めてしまうのは俺の『エゴ』
 なら、夢追い人とエゴイストの境目はどこなんだろうか。







あとがき


私的にはむず痒いぬるーい将臣の一人称。半端なものを書いてしまいました(汗)
『エゴ』と『エゴノキ』をかけてます。本当は実に毒があって、えぐい木だから、だそうです。
実に麻酔効果があり、漁で使ったり、あとは石鹸としても使っていたそうです。
平家で過ごした時間は短くはないと思います。ちなみに知盛との関係は、謎で。

2005.6.12 逢坂暁





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