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「あやしまれてる・・・かな・・・?」
今ごろになって、景時が尋ねる。
「さぁな、大丈夫だろ」
バレバレだよ、と内心思いながら即答する。
なにもこんなタイミングで訊かなくても。
なにしろ、服を剥ぎつつ押し倒して、いざ首筋に噛み付こうと身を屈めた・・・ところでの問いである。
これ以上こだわられたらたまらないとばかりに、将臣は膝をぐいと進ませた。
勝浦の宿。海風が灯りを揺らす他は、音もない宵のこと。
怪しいといえば、他に宿をとる将臣を誰も詮索しない。
ふたりで過ごしたいからだと思われているくらいなら、むしろありがたいと思うのは、仲間に言えぬ秘密を持つ有川将臣である。
別れが突然だったからか、それとも思いがけず再会を果たしたからか。
ふいにかち合った視線の意味に、すぐ気付いてしまった。
多分きっと本人には自覚はないであろうその縋るような瞳を、将臣は三年半の間に飽きるほど見てきた。
何かから解放されたいと願っている目だった。
例えば、戦から。あるいは生から。
運命に翻弄される者が持つ、諦めや悲しみの色。
ふいにできたふたりきりの瞬間に、引き寄せると目を丸くした。
惹かれあった理由は互いに知らず、知る必要もなかった。
実際のところ、将臣にはあまり重要なことではない。ただ、『有川将臣』にその瞳を向けた彼への、好奇心が全てなのかもしれなかった。
天井を見上げる景時の瞳が、何を見ているかわからない。見つめようとすると、彼は視線をそらしてしまって、決してその胸の内を読み取らせようとはしない。将臣が背を向けている間には、あんなにも救いを求めているのに。そんな仕草に将臣は苛立ちを感じ、先ほどから割り込ませている己の脚を使って、景時の膝を開かせる。それが、自分自身と同じ逃げ方だと知った上での苛立ちだった。
互いに追うと逃げ、逃げると追う関係だとしても、こんな夜だけは目指すものが同じと言える。そう確信したから、将臣は彼に手を伸ばす。
少し曇ったような目で、景時はようやく将臣を見る。それから掠れた声に言葉を乗せる。
「将臣くん・・・?」
ただ名前を呼んだだけなのに、あらゆる感情を伝えられるのは凄いな、と将臣は思う。
「もっと、呼べよ」
言い返して、耳にかかった髪を払い耳朶をそっと噛んだ。
「あ・・・将臣くん」
今度は、ダメだよという響きを含ませて、景時は彼の名を呼ぶ。昔はその名で呼ばれるのは当たり前のことだったはずなのに、今では懐かしさと同時に罪悪感まで感じるようになってしまった。呼ばれるたびに背筋に走るちりりとした違和感ですら、心地よく思えるほどに、将臣はその罪に飢えていた。
「もっと」
耳の中に吹き込まれた囁きに、景時は過剰なほど身体を震わせて、大きく息を吸った。胸に手を乗せれば、じんわりと汗ばみ始めた肌の奥に、鼓動の響きが感じられる。撫で下ろした手で腰帯を引けば、今さらのように顔に朱が走り身動ぎする。それが羞恥からの抵抗なのか、それとも脱がされるのに慣れているがゆえの無意識の動きなのか。将臣はもうこだわりをやめて、袴を蹴り下げた。
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