夜風がそよそよと、熱を冷ましていく。一息一息と呼吸が整っていく度、情事の名残の空気が少しずつ薄れる。
景時は、汗で冷えた身体に衾を引き寄せ、天井を見上げて呟いた。
「なんか、こういうのって、ヘンだよね・・・」
「何が?」
うつ伏せに寝そべったまま、手を伸ばして瓶子を取ろうとしていた将臣が、面倒そうに訊く。
「だからさ・・・こんな風に」
「俺とお前がヤってるってことか?」
口篭もる景時に将臣は、こともなさげに言っておいて、かわらけから酒を啜り、
「身体だけってのがあってもいいんじゃねぇ? 心を縛るってのは難しいもんだろ」
と答えた。
その難しいことを容易くやってのける人もいるのに。
景時は失われたその人の姿を思い出して、哀しげに微笑む。
「身体を得る方が難しいこともあるよね」
「そういう恋をしたことがあんのか?」
遠慮なしに尋ねた将臣に、苦笑で答える景時。
「はは、女の子ってやっぱり、強くて優秀な男の方が好きじゃない。オレなんか、どこへ行っても弾き者だし」
ごろりと寝返りを打ち、将臣を見つめれば、彼は少し真剣な眼差しで
「あんた、俺の世界に生まれてたら、大物だったと思うんだがな」
と呟いた。
「本当かい?嬉しいなぁ」
素直に喜んで笑みを見せると、将臣はまたかわらけを放り出して景時を引き寄せる。
「いや、でもあっちの世界にいたらこんなことは知らないままだったぜ」
まだしっとりと濡れたままの髪にそっと指を絡ませ、
「俺はお前を抱きたい。それじゃダメか?」
耳元に吹き込めば
「卑怯だよ・・・」
景時は、それでも言葉とは裏腹に、身体を強く押し付ける。
ふたりには睦言など必要ない。甘い言葉を囁きあうのは、身体を交わすのと同様、ただそれを必要としているから。舌を絡ませるのも、盤を挟んで双六をするのも、酒を酌み交わすのも、全てただそうしたいと思うがゆえ。
唇を吸うだけの口付けの、さらに深いところを教えたのは将臣だった。好奇心の強い景時は、将臣が教える全てをすぐに身に付けた。
侵入した将臣の舌は、酒の名残でひどく甘い。その切なさを全て絡め取るように、景時は熱心にそれを吸った。冷えたはずの身体が瞬く間にまた火照り、触れ合っている部分だけが汗ばんでいく。
唇が離れ、顎から耳、首へと滑り落ちる。弱い点を掠める度に、景時は吐息の中に音を漏らした。
さらに齧りつくように肩から腕を辿られて、身を捩る。その隙に次は胸の突起を口に含まれた。
「んぅ・・・」
無意識に反った身体はますますそこを差し出す形となり、受け止めた舌が滑らかに撫でる。唾液ですら、ひどく冷たい。それほどまでに身体が熱くなっていると気付かされ、景時はたまらず将臣の肩に縋りついた。
だが将臣は意地悪く身体を離してしまい、景時は瞳を潤ませた。先ほどまで淫らに蠢いていた唇が、うやうやしく手首に寄せられる。皮膚の薄いそこに軽く歯を立てられると、微かな危機感が背筋を走り、それは腰へと到る。掴んだ腕に爪を立て、噛んでは舐め上げることをやめない将臣に、景時は急激に昂ぶっていく。触れているのはほんの僅かな肌だけなのに、まるで直に触れられているような刺激がびりびりと走り、景時は焦って泣き声を上げた。
「将臣くんっ・・・もうだめ・・・」
「もう少し、我慢できる・・・?」
不自然なほどの優しいその声にすら、身体が震えた。景時は早く先に進みたい一心で、必死に頷く。
恥じらいや躊躇いは、身体を重ねるごと薄れてしまう。理性が薄れると子供のようになっていくと、景時は自覚していた。求めるものに忠実で純真。隠すということを知らない自分に。
身体を裏返されたが、すでに腕を支える力は出ない。腰を引き寄せられるのを心待ちに、目を閉じた。将臣は期待通りに景時に覆い被さり、確かめるように指を差し入れる。身体の奥はまだ将臣を覚えており、慎重な動きがやけに焦れったい。それを感じ取ってか、将臣ももう焦らすことはせず、熱いものを押し当てた。
心待ちにしていたものが与えられて、景時は床に敷かれた衣に高い声を吐き出す。将臣が進むのに合わせ、長い吐息が漏れ、再び空気を温める。声を出していると知っていても、下半身を支配されている状況では、それを留めることなどできなかった。突き上げられる度に、はしたないほどの声が上がる。抑えようという努力も、交わりが深くなると忘れてしまう。
「はっ・・・あぁ・・・」
彼が感じると、締め上げられた将臣も呻き声を漏らす。
「・・・いいぜ、景時」
誉められるのがたまらなく嬉しくて、景時は無意識に応えようと腰を蠢かせる。それすら、次第になすがままになってしまうけれども。
ぶつかる肌の音と淫猥な水音と。それから、部屋に満ちる空気にそぐわない涼やかな衣擦れの音。緩んだり早まったりを繰り返しながら、昇りつめていく。
最後の瞬間、景時は吠えるように口を開けたが、あまりに深い絶頂はそこから何の声も引き出さなかった。
何故なのかなんて、多分どんなに考えても答えは出ない。
心当たりがあったとしても、互いに口には出さない。
夜が明けるまで共に居る。ただそれだけの、短い逢瀬。
あとがき
酒の力を借りました(笑)
やっているだけ、と言われたらそうなんですが、
その中から何かを感じ取っていただけたらとても嬉しいです。
追記:景時が思い出しているのは重盛です。片想いしてたという設定で。
将臣にそっくりなはずですが、
この話では気付いていないということにしておいて下さい。
2005.5.29 水月綾祢
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